思考<自己の舞台美術論の確立>


日本の舞台美術界に居る事で、一つ私が危惧することがある。
それは「惰性に流れる大量生産の舞台美術家になってしまう。」という事。

年間30本~50本という本数で仕事をする人がいるが、果たしてこれは本当によいことなのか?
私はその状況は決して望まない。

ちょっと話はそれるが、
私は、高校時代、美大予備校のグラフィックデザイン科に通っていた。
そして、グラフィックデザインという職業にとても興味を持っていた。

亀倉雄策・田中一光・大貫卓也など、日本にも有名なグラフィックデザイナーが数多くいる。
しかし、グラフィックデザイナーと言っても、西友やダイエーのチラシを作ったり、
衣料品の広告を作ったりする彼らもまた、グラフィックデザイナーである。

この世界的に有名なデザイナーと、街中のデザイナーの違いはなんであろうか?

私は、この違いが確固とした「自己の論理」の有無なのではないかと思っている。

これは、グラフィックデザイナーだけに限らず、多くの芸術家にも言える事であると思う。
質の高いものを作る彼らは、必ず、その下に大きな大きな彼らの論理を持っている。

ただガムシャラに作ればいいのではない。

明確なデザインプラン、自分なりの論理をしっかり確立しなくては、
必ずや意思を持たない大量生産のデザイナーとして埋没していってしまう。


私は、舞台美術家として、このような状態にはなりたくない。
だからこそ、自己の分析、そして自己の論理の確立を意識し、
これが「自分の論理」と言えるものを確立したいと思っている。

補足)
論理、論理というけれど、私は即興やインスピレーションも非常に重要だと思っている。
しかし、どちらに偏っていても駄目だ。
お互いの相互作用でこれらは飛躍的に伸びてくると思う。

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