考々<デスロックの舞台空間から>

東京デスロック「東京ノート」を観た。
そこでの舞台空間からいろいろと考えさせられた。

観客、観る事のあり方。

毎年、私は大学で自由に舞台美術プランを考えてもらう課題を出している。

最近学生の作品で多いのは客席と舞台の融合だ。
<自由に座ってもらう><美術館のように動いて見る>など客席と舞台エリアの垣根を取り払ったアイデアが多い。
しかし、アイデアとしては面白いと思いながらも実際の公演ではなかなかうまくいかないように感じていた。

今回のデスロックの舞台は実にうまく構成されていると思った。
客席、舞台、映像、音響、照明など全ての物が心地よく融合していた。

まるで家のリビングにいるかのようなそんな床もまた心地いい。

私も舞台美術家として舞台の見せ方、客席のあり方を常々考える。
演劇において舞台、客席のあり方はこれからどこへ向かうのであろうか、、、


シェイクスピアの時代、グローブ座などは客席も含め、舞台空間の空気を作り上げていた氣がする。
それがプロセニアムアーチができてから舞台と客席の分離が始まった。
舞台は明るく客席は暗くされ、お客さんは舞台空間と切り離されていく。

現代はまた、融合の求心力にあるのであろうか?
それは再びお客さんを中心に呼び込み一体感を持たせようとしているのか?
もちろんそういう流れあるだろうが、今回のデスロックはそれとはまた違った。

五感全てを楽しませてくれる贅沢な感じ、でもどこか家のリビングにいるようなゆったりさせてくれる雰囲気。

そういえば、映画はビデオ・DVD が出た事により観賞スタイルが二分化された。
<映画館で見る><家で見る>と言う事。
映画館が復活の兆しがあるとはいえ、やはり今は家で映画を見る方が主流なのではないだろうか?

そうなると、家での鑑賞をより贅沢で楽しい物にしようとメーカーは考える。
(映画の作り手はどうかわからないが、、)


そこで目指す所は何だろう。<画質・音響・雰囲気・臨場感、、、>
そういう物が自宅で実現されるとしたらどうなるだろうか?

その答えが今回のデスロックの答えだったのであろうかとふと思う。
きっと家のリビングが今回の劇場のようになるのではないか。

そういえが、未来設定だった。
2024年にはこういうテクノロジーが開発されるのだろうか?

でも、そういう物が開発されたとしても、スイッチをオフにしてふと家にいる自分を思うと何かむなしさを感じる。


人のぬくもりを感じ、劇場と言う場に来た事を感じ、友人と会話を楽しみ、、、
そういう事を考えるとやはり劇場は素晴らしい。


いくら技術が発達しても家のリビングでは劇場のような雰囲気は味わえないんだろうな。


テクノロジーを単純に追い求める時代は終わったように感じる。
もっと人間のあり方、生活を考えなくてはいけない。

そんな広いテーマが実は、我々にとって舞台と客席を考える事であって、
何かその問いの答えを感じさせてくれる公演だった。

20130117






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